エジプトのアスワンハイダムと云えば、ユネスコの世界遺産活動の発端となった事で超有名である。
この巨大なダムの建設により、アブ・シンベル神殿を初めとするヌビア人の建設群が水没の危機にさらされる事になったからである。


アスワンハイダムの建設計画がもちあがったのは1960年代である。
そしてドイツとソ連の協力に拠って完成したのは、1970年だった。
実はそれよりも前、イギリス支配時代にイギリスが着工し、1902年に完成したダムが有った。
アスワンダムである。
当時としては世界最大最高のダムだった。
爆発的に増大する人口に対して、毎年氾濫するナイル川をなんとかコントロールし、エジプトの農業生産を飛躍的に向上する事で問題の解決を図ろうとしたのである。
しかし結局、この計画は上手くいかず、アスワンハイダムの建設に至ったのである。


アスワンハイダムからアブ・シンベル神殿へと向かう道程はひたすら砂漠のなかを抜ける、果てしない、気が遠くなるような時間である。
アブ・シンベルまであと1時間ほどのところにトシュカと呼称される町が有る。
この地は、アスワンハイダムが出きる前はナイル川の氾濫で時おり水が流れ込む事が有った。
現状、このトシュカの町で、エジプト政府が推し進めているのが、[トシュカ・プロジェクト]である。
アスワンハイダムの建設で出きた人造湖、ナセル湖の水を運河に拠って砂漠へ運び、耕地を造成すると云う途方もない計画である。
660億US$と云う膨大な費用を要し、急ピッチで進められた結果、ポンプが完成、2002年には運転を開始した。


農業生産は飛躍的に向上し、電力供給も落ち着いた。
しかし、ここでまた新たな問題がおきている。


スーダンとの国境まであとわずかのこのヌビア地方は、世界で一番日照率の高い地方といわれ、朝晩、夏冬の寒暖の差が凄い、典型的な砂漠気候である。
ところが、アスワンハイダムの建設、及びナセル湖が出きた事で、ダムや湖の水面から水蒸気があがるようになり、雨雲が生起するようになったのである。


この自然釣り合いの変化は、砂漠に緑をもたらす他方で、洪水が起こらなくなった事で土壌に塩分がたまってしまい、環境破壊をもたらしてもいる。
塩害が新たに人びとを悩ませるようになったのである。


洪水から人びとの生活を守る為に造られたダム、その建設の為に移築を迫られた古代遺跡、相当の犠牲を払って完成したダムは、本当に人びとの幸せをもたらすのか、世界遺産の地は、今も目を離せない問題が山済みである。






[PR]
  • セイン・オバジが開発したピーリング製品
  • プロピア・プログノ・シャンプーの効果と体験記
  • フェイズ写真付きのヘアスタイルカタログが大評判
  • 豊胸手術の体験談、サプリメント、失敗と後遺症
  • ケミカルピーリングの美肌効果

  • カテゴリ
    タグ